未熟思考の捨て場

思い浮かんだ考えの断片。もしくはもっと低俗なもの。

大学1年生における物理学実験の意味と意義とは

物理学実験。名前を聞くだけでワクワクする人もあれば、疲れるだけだと感じる人もあるだろう。

果たして実験に意味はあるのだろうか。と思う学生は少なくないようである。私の友人にも「単位を取るため」に実験をこなすというスタンスの人も多い。

 

ところで「単位を取るため」という言葉に嫌悪感を覚えるのは私だけだろうか。

確かにそうであるし、自分も結局は単位を取るために大学に行き、授業や実験を受けるという状態にあるのだが、それでもやはり不愉快である。

 

話がそれた。

私がここで明らかにしたいのは、大学1年生における物理学実験という苦行?が如何に重要であるかということである。

ミリカンの実験、重力加速度の測定、音速の測定、光速の測定、ヤング率の測定、etc...

実験の内容を見てほしい。私の大学だけかもしれないがそうそうたる面々である。

量子力学超弦理論。物理学の最先端に比べるとどこか昔話を聞かされているようなそんな感覚。

だが、私はこの古典的実験に大変な意味と意義を感じる。

レポートの書き方?ノギスの使い方?違う。そこに重要さはない。

本来的な重要性。なんだろうか、私はそれを掴んだ気がする。

牧歌的世界観。今あるこの世界。ミクロな世界は本質であってもこの目に見えている世界ではない。

この目に見えている世界に対する挑戦であると感じる。今ある世界を解き明かす。創造者に一歩近づいたようなそんな感覚。

大学1年生であるからこそ無垢な知識と目でもって実際の世界を解き明かす。

そんな、意味があるかもしれない。

 

このような感覚。私だけであろうか。